株式会社ジェイワークス テレビ番組制作会社
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スタッフ

スタッフ紹介

前橋吾朗 『49歳の私』
松浦拓也 『37歳の私』
飯田真麻 『36歳の私』
隅田恭子 『私の年齢・・・』
斉藤杏子 『25歳の私』
川口範晃 『25歳の私』
 

 『49歳の私』
自称、私は【35歳】である。
実際、私の年齢が50歳手前だと正直に言うと、みんな目を白黒して驚く。 テレビ業界に長く留まっていると、常に若くあらねばならないという強迫観念に襲われる。
何故なら、「ディレクター殺すには刃物はいらぬ。一言、“古い”と言えばよい」という言葉があるように、 テレビマンは現代の今(旬)、この瞬間を切り取らねば失格だと思っているからだ。
そのため、腹の出た体系に無理やり迷彩柄のズボンをはき、季節を問わずTシャツをひっかけ、 頭は、茶髪に少しグリーン色を足して染め、薄いブラウンの色眼鏡を掛けている。 本人は、これで業界人らしく、どこか若者だと確信している。
これを客観的に眺めると・・・う〜ん、どうも見るからに怪しい風体だ。
しかし良く言えば、この個性的なキャラはモテる。
この【モテる】は重要なキーワードである。私は、モテるためにテレビの仕事に就いており、 モテるために若づくりし、モテるために女の子と遊び、モテるために映画を鑑賞し、モテるために読書し、 そしてモテるために旅に出る。
こうした隠れた努力が実を結び、面白い番組を作ることができるのだ。つまり、 【モテる奴=仕事ができる人】という図式が成り立つ。実はこれ、社会全般に共通することかもしれない。 要は、若さと体力と根気と頭脳とマメさがなければモテないと言うことだ。
森羅万象、【老化】から逃れることなど誰もできない。その自然界の掟に反して、私の【若づくり】の挑戦はまだまだ続くのだ。
前橋吾朗
 

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『37歳の私』
徹夜でもしようもんなら、すっかり翌日のリズムが悪くなり、グルーヴ感がなくなる。
それもそのはず。タイトル通りいつの間にか37歳。40歳も目の前だ。年齢の響きが30代・40代になることは、昔から全く意に介さない。それどころか、早くオッサンになりたかった。そしてすっかりオッサン。 結婚して小遣い制になると、ついつい遊ばなくなり生活もこじんまりしがちになる。そんな日常が続くと「このままつまらん男になるんか?」と自問自答する。
感性と格好だけは自分を刺激し、まだまだ黄昏れたくないのだ。そんな37歳の刺激は【音楽】。
いまだに「おっ!」と思うのは五月蝿いモノがほとんど。こんな37歳も悪くない。
2006年に行ったライブやロックイベントは10以上。別に多くもなんともない数だが、なかなか予定が立てられないこの仕事をしながらだから 上出来だろう。(せっかく取ったチケットを無駄にすることもある・・・)最近はスタンディングでも前方で暴れることも少なくなり、デカい箱だと結局は大モニター に映るアーティストを見てるのだが、生の臨場感と迫力は格別。いい曲では涙もボロボロこぼす。こんな37歳も誇らしい。
好きなアーティストのほとんどが年下になったが、まだまだ現役の年上もいる。番組の視聴者もそうだ。もちろん年配の方もいるが、10も20も年下の連中を、まだまだ刺激しないといけない。 枯れた味は10年後くらいに出すとするか。さぁ、今日も大音量でグルーヴだ!
「Rock&Roll is the Answer!」※ 写真は昨年の野外フェス「RUSH BALL」にて
松浦拓也


 

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『36歳の私』
【36歳】に、なっていました、気がついたら・・・
この業界に入った頃は23歳。
父はNHKしか見ないような人だったのでその影響か、当時は、吉本新喜劇の魅力は全く理解できず、「ドキュメンタリーが撮りたいんです」なんて臆面も なく言うような生意気な小娘だったのに!
今では漫才番組は必ずチェックし、桂ざこばさんを「師匠!」と呼び、池乃めだかさんを見てはなぜかほっこりし、 末成由美さんの「いんがすんがすん!」で爆笑する。「大阪やなぁ」と思います。
子供の頃、ドリフターズを禁止されていても、大阪生まれの私には しっかりベタなお笑いの血が流れていたようです。これまで様々な番組を担当させていただきました。
希望していたドキュメンタリー番組も、開局記念の大規模な生放送番組も、深夜のバラエティ番組も、昼帯も。そしてプライベートでもいろんな経験をしましたが、この仕事、 ひとつ言えるのは【経験は財産!】ということ。
おかげさまで、ビッグなゲストが来てもビビらず応対できるようになりました。まだまだプロデューサーと呼んで頂くのも申し訳ない頼りない仕事ぶりで、 戸惑ったり悩んだりばかりしていますが、一つ一つの経験をしっかり身につけ、人間的にももっと大きくなりたい・・・と、36歳の私は考えています。
飯田真麻


 

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『私の年齢・・・』
つい最近こんなことがあった。
新しく入った番組の仲間が、私の年齢を他のスタッフに訊ねたところ その方は「30代半ばくらい」と答えたという。私は20代だ。
誰がなんと言おうと20代である。
健康保険だって、免許証だって、パスポートだって、私が20代であることを 証明している(しつこいか・・・)
しかし、実年齢より高く見られてしまうのは職業柄と言えなくもない。ディレクターは取材現場において撮影クルーの代表者である。
たとえスタッフの中で最年少であったとしても、ディレクターは現場の責任者であり、決定権をもち、常に全員から決断を迫られる立場でもある。頼りない言動はスタッフの信頼を失くし、取材先にも不安を抱かれることになる。年齢が上に見られたのは、新米ディレクターの時から必死で虚勢を張ってきたのが ようやく板についてきた証なのかもしれない。ディレクターに課せられた責任は重いが、ディレクターは幸せな職業だ。
自分の頭の中で組み立てた構成を映像化するそのために、そこにいる全員が協力をしてくれる。自分よりもずっとベテランのカメラマン・全力で助けてくれるアシスタント・取材に応じてくれた初対面の人々。 音楽・テロップ・編集・アナウンサー・・・、ひとつのVTRを作るのには本当にたくさんの人が関わり、その人たちが毎日のように 「どうする?どうしたい?」と問いかけてくる。ディレクターの責任は、そうした方たちに顔向けができるよう、テレビの前で時間を割いて見てくれる視聴者の方に対して誠実であるよう、今のベストを尽くし、見ごたえのあるいい作品を作ることだと思う。スタッフが私の年齢を見誤った理由は肌のせいか、現場責任者という佇まいのせいか、はたまた最近流行のミュージシャンにめっきり疎いせいなのかはわからない。わからないが、こうありたいと思うのは、「肌はきれいだが、落ち着いている年齢不詳のディレクター」だ。そのために今夜も美容パックをしながらの深夜の台本作成にはげむとしよう。
隅田恭子


 

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『25歳の私』
私たちの仕事は、幸いにも(不幸にも?)化粧はつきものではありません。
おかげさまで、私も今までスッピンでいることも結構ありました。しかし25歳だというのに化粧のやり方がわからないのは、さすがに社会人として遅れている感じがし、基本的な化粧を身に着けるために、1時間3000円の1日体験のメイク教室に通うことにしました。 ところが、教室に到着して先生から最初に聞かされた言葉は次の通りでした。「今日は『モテメイク』を勉強していきましょうね☆」
え?
私はそんなメイクは注文していません!普通でいいんです!
普通で!
私の心の叫びを感じとれなかったのか、先生は続けました。
「『モテメイク』を身につけたら、ますますもてるようになりますよ。ま、今でも十分モテてると思いますけどね」と言いつつ、先生は私の目元にものすごく濃いアイシャドーを塗りたくりました。・・・先生は1時間かけて化粧を教えてくれましたが、後日その化粧が再現されることは1度たりともありませんでした。世間的には「モテメイク」は流行っているんでしょうけど、私には必要ありません。 なぜなら、「モテ」を意識していては仕事がはかどらないからです。徹夜をしたり、部屋の隅で寝たり、髪の毛を振り乱して重いものを持ったり。なんてガサツ。つくづく「OL」と対極にいるなと感じます。でも私はこの仕事に就いて後悔はしていません。
PS. でも、たまに「OL」に憧れます。
斉藤杏子


 

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『25歳の私』
大根のヘタを育てて花を咲かせる。
20mのストローを使ってジュースを飲む。
淀川の河川敷にラグビーボールぐらいの岩を拾いに行く。
これらは決して趣味ではなく、仕事である!・・・なので、真剣に取り組む!真剣に取り組むので色んな発見をする。
大根のヘタを水に浸すだけで1mも茎が伸びた!20mのストローではオレンジジュースは飲めないけど、コーラだったら簡単に吸える!
河川敷の岩ではすごく美味しい肉が焼ける!
25歳になってそんなことをしてるなんて、子供の頃は想像もしてなかった。だが、この仕事でなければ、していないであろう経験をし面白い発見をする。 そんな【醍醐味】が味わえる瞬間が僕は好きだ。
先輩には「もっと破天荒なことをしろ!」と言われる。これは「もっと視野や世界観が広がるようにいろんな経験をしろ!」ということで、ディレクターになるには必要なこと。にしても、そんな無茶なことを言う先輩ってどうなんや!?と心配になる。一般の企業ならまぁ居てないだろう。それもこの仕事ならでは。 また醍醐味を味わえる瞬間が訪れたなぁと感じる(笑)そんな時々訪れる「この仕事ならではの経験」を【醍醐味】と感じてもうすぐ丸3年が経とうとしている。
25歳の僕。明日はどんな経験ができるのだろう。
川口範晃


 

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